タイトル

日本小児科学会 母乳推進プロジェクト「小児科医と母乳育児推進」へのパブリックコメント
 
2011年1月30日
NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会学術委員会 瀬尾智子(小児科医)

はじめに、日本小児科学会が学会として「母乳育児推進」を公式に表明し、その指針を文書にして広く小児科医に示してくださいましたことに対し、心から歓迎と感謝をいたします。

 NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会(JALC)は、日本における、国際認定ラクテーション・コンサルタント(IBCLC)の団体です。IBCLCとは、母乳育児を支援するための知識・技術・心構えを備えていると世界共通試験により認定された国際資格で、世界中に約22,000人います。日本には約700人の有資格者がいますが、その職種は助産師だけでなく、医師や歯科医師など多岐に渡っています。

 この「小児科医と母乳育児推進」には、WHOやUNICEFなどのスタンダードな情報が多く引用され、その内容が科学的妥当性を持った説得力のあるものであることを確認し、母乳育児支援の専門家としてこの方針を支持します。
またJALCは、国際ラクテーション・コンサルタント協会(ILCA)や、The Academy of Breastfeeding Medicine(ABM)などの国際的母乳育児支援団体との交流もありますので、何かお役に立てるようなことがあれば、協力いたします。

 なお、参考文献のうち、2005年のAAPの「母乳と母乳育児に関する方針宣言」は、AAPの許可を得て、JALCが日本語訳をしたものをホームページに掲載しております。
また、The Academy of Breastfeeding Medicineは、母乳育児を保護・推進・支援する医師の国際学会ですが、母乳育児に関するプロトコールを出しています。そのうちのいくつかは日本語訳があり、同じくJALCのホームページからダウンロードできます。 https://www.jalc-net.jp/
      
それではいくつかコメントがありますので、以下を参考にしていただければ幸いです。

P.4  II. ターミノロジーとしての母乳育児
Cup feeding :キャップ授乳→カップ授乳

P.19   6. 補足
「母乳摂取が不足している場合の栄養の補足」と「赤ちゃんの泣きが激しいときになだめるための糖水」とは、区別して考えたほうがよいでしょう。
赤ちゃんが激しく泣いて発熱した場合や母親の母乳不足感が強い場合は「糖水を少し与えてなだめる」という方法も取ることがあります。ただし、体重減少が著しい場合や飢餓による高ビリルビン血症がある場合は、糖水ではカロリー不足です。
搾母乳が第1選択ですが、それが得られない場合は、適切な人工乳(アレルギーのハイリスクなら、高度加水分解乳)によって、栄養を補足する必要があります。
糖水摂取により過度に体重減少した新生児を散見しますので、「なだめるための糖水」と「栄養の補足」とを混同しないようにお願いします。また、補足栄養の方法や量を指示するのは小児科医の役目です。

追加項目として望ましいもの:

入院中に母親と児が母乳育児のスキルをつけることは、母乳育児の成功につながります。
適切な抱き方や効果的な吸い付き方ができているかどうかのアセスメントを産科スタッフが行い、支援が必要な場合は援助することが必須です。
「早期接触」と「母子同室」だけでなく、WHO/UNICEFが勧めているもうひとつの必須条件である「欲しがるときに欲しがるだけ飲ませる」こと、そして、技術的な裏付けとなる「適切な抱き方と効果的な吸い付き方」がこの章に入っているといいでしょう。

P.30

生後6ヵ月以降の体重増加不良の場合、母親が充分な補完食を与えていないことがあります。
アレルギーを過度に心配していたり、「本に書いてある量以上与えてはいけない」と思っていたりして、児の要求以下の量しか与えていないことをしばしば経験します。
また、育児書などを見て、「母乳の回数を減らさなくてはいけない」と思い、授乳回数を減らした結果、母乳摂取不足になることがあります。生後6ヵ月以降で体重増加が少ない場合は「人工乳を足す」のではなく「児が欲しがるだけ補完食を与え、母乳は回数を減らさずに続ける」というアドバイスをすべきでしょう。

さらに、どこかに「フォローアップミルクは不要である」と明記してください。
母乳で育てていても、9ヵ月になればフォローアップミルクに変えなければいけないという誤ったアドバイスがされることがあります。

P35  

母乳を与えることが望ましくない状況のひとつとして母親がHTLV-1感染とあります。この根拠としての文献はAAPとAmerican Dietetic Associationの推奨で、HIVとHTLV-1を母乳育児の禁忌に分類しています。

日本小児科学会は2007年に若手小児科医に伝えたい母乳の話で日本小児科学会としてHTLV-1に対する日本発の禁忌ではないという発信をしています。平成21度版厚生労働省科学特別研究事業 HTLV-1の母子感染予防に関する研究班の報告書においても、人工乳と短期母乳との比較では、母子感染率に差がないとされています。
WHOでは、2009年に「母乳代用品が許容される医学的理由」( Acceptable medical reasons for use of breast-milk substitutes)という文書を出していますが、その中でも、HTLV-1は母乳禁忌のリストに挙げられていません。http://www.who.int/child_adolescent_health/documents/WHO_FCH_CAH_09.01/en/(日本語訳は、「WHO/UNICEF赤ちゃんとお母さんにやさしい母乳育児支援ガイド−ベーシック・コース」(医学書院)に掲載されています。)
よって、さらにエビデンスが明らかになるまでは、HTLV-1を母乳禁忌に入れることは再考していただけませんでしょうか。

そして、以下の内容をどこかに入れていただければと思います。

小児科医が母乳育児について適切な知識を持ち、お母さんを支援することはとても重要です。日本のお母さんたちのほとんどは母乳で育てたいと思っているので、母乳育児がうまくいくと母親としての自己効力感が増し、育児に自信を持ちます。一方、お母さんたちは不適切な情報に惑わされ、結果として児の発育不全を招いていることがあります。
例えば、生後12ヵ月までは母乳だけでよい(補完食はいらない)、人工乳を薄めて飲ませる、などです。小児科医に相談すると「ミルクを足すように言われるから」「母乳をやめるように言われるから」、それがイヤで相談しない、というお母さんもいます。そのため、他に相談に行き、根拠のない代替療法をしてみたり、予防接種を受けなかったり、児にとって必要な治療を受けなかったりということさえあります。

 小児科医が母乳育児を支援し、適切な助言をすることができると、お母さんから信頼されます。
児は充分な栄養を摂取できることによって、適切な発育・発達が得られます。小児科医が母乳育児を支援することは、重要な育児支援のひとつであり、日本の子どもの健康にとって多大な利益をもたらします。
予防接種を推進するように、小児科医はだれでも母乳育児についての充分な知識をもち、お母さんたちに提供できるようにするべきであると考えます。
 
文責:学術委員会2011.2.5
 ページトップへ