タイトル

平成24年度厚生労働科学研究 分担研究
「科学的根拠に基づく快適で安全な妊娠出産のためのガイドライン(案)」へのパブリックコメント
 
2012年9月30日
NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会(JALC) 学術委員会
田中奈美(つくばセントラル病院産婦人科)
戸田 千(小豆島町立内海病院産婦人科)
所 恭子(日立総合病院産婦人科)
 
 このたび、「科学的根拠に基づく快適で安全な妊娠出産のためのガイドライン(改訂案)」を作成されたことに対して、感謝と敬意を表します。このようなガイドラインが明らかにされることは、エビデンスに基づく周産期医療を行う上で、たいへん意義のあることです。
 以下は、「科学的根拠に基づく快適で安全な妊娠出産のためのガイドライン(改訂案)」に関する、NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会学術委員会からのコメントです。最終案作成の際に、ご検討くださいますようお願いいたします。
名前 項目 コメント
NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会
学術委員会
RQ13 1ページ
推奨に関して
 ガイドラインの中に母乳育児のサポートについてのRQが作成されることは素晴らしいことであり、敬意を表します。母乳育児のサポートについては、WHO/UNICEFの「母乳育児成功のための10か条」(WHO/UNICEF 1989)に凝縮されています。10か条に照らし合わせてこのRQを検討いたしました。以下、この10か条をstep1~10として文中にお示ししました。

●母乳育児のサポートについて述べるにあたって以下の文面を文頭に入れることを提案いたします。
「政策担当者・行政責任者、母親と子どもに関与する各団体の代表者、保健医療施設の代表者、保健医療スタッフは、母乳育児が母親と子ども、家族、社会、環境に大きな利点をもたらすことや、母乳育児ができない場合に不利益が生じることを十分理解し、これを保護・推進する役割を担う。
(参考)
Step 1 母乳育児についての基本方針を文書にし、関係するすべての保健医療スタッフに周知徹底する
Step 2 この方針を実践するのに必要な技能を、すべての関係しうる保健医療スタッフに訓練する
同上 RQ13 1ページ
推奨
母乳育児のサポートには、出産前からの母親への情報提供と、産後の継続的ケアが重要である。
 また、出産/出生直後のskin-to -skin contactによる早期授乳、以後の母子同室による自律授乳、地域の子育てグループなど非医療者のピアサポートが必要である。
(推奨の強さ B)

母親が自身の疾患や、薬剤投与によって授乳できない場合にも十分な説明とサポートが必要である。そのためのシステムを施設の授乳サポートの中に組み込む。   
(推奨の強さ B)
●「出産前からの情報提供」(=Step 3)はより具体的に「出産前からの母乳育児の利点とその方法に関する情報提供」と10か条の原文に沿って示すべきです。「産後の継続ケア」は表現が曖昧で、ケアとは何をさすのかが示されるべきです。具体的には、
Step 5 母乳育児のやり方を教え、母と子が離れることが避けられない場合でも母乳分泌を維持できるような方法を教える
Step 6 医学的に必要でないかぎり新生児には母乳以外の栄養や水分を与えないようにサポートし、
Step 7 母親と赤ちゃんがいっしょにいられるように、終日、母子同室を実施し
Step 8 赤ちゃんが欲しがるときに欲しがるだけの授乳を勧め
Step 9 人工乳首やおしゃぶりなどの母乳育児継続の阻害因子についても伝えていくということではないでしょうか。

●「また、出産/出生直後のskin-to -skin contactによる早期授乳(=Step 4)、以後の母子同室による自律授乳(=Step 7、8)、地域の子育てグループなど非医療者のピアサポート(=Step 10)が必要である。」
→「早期授乳」という表現は、「早期接触」と混乱するため、早期接触と引き続いての授乳の開始(=Step 4)としてはいかがでしょうか。また「自律授乳」より原文の「欲しがるときに欲しがるだけの授乳」のほうがより的確ではないでしょうか。

●施設の授乳サポートの基本方針を明文化することは、Step 1に示される通り重要です。しかし、推奨として「授乳できない場合のサポート」をいきなり挙げるよりも、「母乳で育てたい母親をサポートするための施設の基本方針を作成し、関係するスタッフに周知徹底すること」、また「その方針を実践するのに必要な技能を関係するスタッフにトレーニングすること」(=Step 2)がまずは挙げられるべきです。また「授乳できない場合のサポート」について述べる前に、母親が自身の疾患のために母乳育児を選べない状況はまれであることを示すべきです。本当に母乳育児が禁忌である病気なのか、それとも病気を取りまく状況が母乳育児を困難にしているのかを識別することが重要です。また、授乳中の薬物使用に関する適切な情報を支援者自身が得ることができ、母親に情報提供できることも重要です。
(参考文献)
・「母親の病気と母乳育児」BFHI 2009翻訳編集 委員会編 UNICEF/WHO母乳育児支援ガイド ベーシック・コース、医学書院、p292-293、2009.
・「母乳代用品の使用が許容される医学的理由」BFHI 2009翻訳編集委員会編 UNICEF/WHO母乳育児支援ガイド ベーシック・コース、医学書院、p356-360、2009.
同上 RQ13 1ページ
推奨に関して
●「推奨」に以下の文案を加筆することを提案いたします。
「退院時の贈り物として、乳児用人工乳(母乳代用品)や哺乳びん、人工乳首などの人工栄養を販売促進するような製品を母親に渡さない。」

以下にその根拠をコメントいたします。

・WHOとアメリカ小児科学会では出産後、6か月間母乳だけで赤ちゃんを育てることを推奨しています。また、最近のシステマティックレビューでは、発展途上国でも先進国でも6か月間母乳だけで育てることにより、児の胃腸炎などが減少することがわかっています。

Cochrane Database Syst Rev. 2012 Aug 15; 8:CD003517.
Optimal duration of exclusive breastfeeding.
Kramer MS, Kakuma R.Source

・一方、産科病院では退院時に「おみやげ」という人工乳の入った商品を贈られることがよく見られます。この時期の母親は母乳育児に関してまだ自信を持っているとは言えません。退院時に母乳代用品をもらった母親は母乳不足感から、本当は不足していないのに人工乳を足してしまうことがよく見られます。

・WHOは「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準(後述)」によって、母乳育児の保護を謳っています。
コクランの2000年のメタアナリシスによれが、退院時に母親に母乳代用品を渡すと、出産後6週、13週の時点で母乳だけで育てている母親の割合が有意に減少しています。

Cochrane Database Syst Rev. 2000;(2):CD002075.
Commercial hospital discharge packs for breastfeeding women. Donnelly A, Snowden HM, Renfrew MJ, Woolridge MW.

・以下でも、退院時の宣伝用パックによって母乳だけで赤ちゃんを育てる期間が短縮し、混合栄養が増加することを述べています。
(n=3895; unweighted response rate=71.6%).
(multivariate adjusted odds ratio=1.39; 95% confidence interval=1.05,1.84).

Am J Public Health. 2008 Feb; 98(2): 290-5. Epub 2008 Jan 2.Marketing infant formula through hospitals: the impact of commercial hospital discharge packs on breastfeeding. Rosenberg KD, Eastham CA, Kasehagen LJ, Sandoval AP.

 以上のことから、母乳代用品の宣伝(退院時のおみやげ)は母乳だけで育てられる期間を短縮することであり、赤ちゃんの罹病率が高くなるため、行うべきではないことと明記すべきと考えます。

●(補足情報)母乳代用品のマーケティングに関する国際規準
 第2次世界大戦前の日本では、赤ちゃんはほとんどが母乳で育てられていました。しかし終戦後、急激かつ世界的規模で行われている人工乳の販売促進活動により、母乳育児は著しく衰退し、その文化も失われてしまいました。1979年WHO/UNICEFが中心となり、人工乳の販売活動に関する規準の作成が開始されました。1981年、「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準」が発表され、世界の国々の圧倒的賛成を得て採択され、日本も1994年に賛成しています。国際規準は母乳代用品のマーケティング(宣伝活動)に関するもので、下の10項目に要約されます。これは、母乳代用品の存在を否定するものではなく、その宣伝活動を適正に規制しています。

・消費者一般に対して、母乳代用品などの製品を宣伝・広告してはいけない
・母親に試供品を渡してはいけない
・保健医療サービスの中で販売促進を行ってはいけない
・保健医療システムの中で母乳代用品や製品の寄付、割引をしてはいけない
・企業に雇用された者が母親に直接会ったりアドバイスをしたりしてはいけない
・保健医療従事者に贈り物をしたり個人的に試供品を渡したりしてはいけない
・製品のラベル(表示)には赤ちゃんの絵や人工栄養を理想化するような絵、あるいは文言をしようしてはならない
・保健医療従事者への情報は科学的で事実に基づいたものでなければならない
・製品の情報には、母乳育児の利点と共に人工栄養法の費用や危険性も説明していなければならない
・加糖練乳(コンデンスミルク)のような不適切な製品を赤ちゃん用として販売促進してはならない

UNICEF/WHO『赤ちゃんとお母さんにやさしい母乳育児支援ガイド アドバンス・コース:「母乳育児成功のための10ヵ条」の推進』医学書院.p58,2009年.より引用

(参考文献)
・乳児の健康を守るために:WHO「国際規準」実践ガイドブック
・保健医療従事者のための「母乳代用品のマーケティングに関する国際規準」入門.翻訳:母乳育児支援ネットワーク (BSNJapan)発行:NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会. 2007
原著Protecting Infant Health: A Health Workers' Guide to the International Code of Marketing of Breastmilk Substitutes 10th ed. Allain A. Chetley A.改訂: Allain A. Kean YJ.IBFAN. 2002
同上 RQ13 1ページ
背景
「母乳育児をサポートすることは、母親の満足度を高める」
「研究の概略」で示された文献やコクランレビューにもあるように、母乳育児支援を行うことは、母親の満足度を高めるというだけでなく、母乳だけで育てる母親が有意に増加し、期間も長くなることを言及すべきです。
(参考文献)
・Britton C et al.Support for breastfeeding mothers. Cochrane Database Syst Rev.2012; 5:CD001141.
・Mei Cung et al.Interventions in Primary care to Promote Breastfeeding: An Evidence Review for the U.S. Preventive Services Task Force. Ann Intern Med. 2008 Oct 21; 149(8): 565-82.1ページ
背景
「母乳育児をサポートすることは、母親の満足度を高める」
同上 RQ13 1ページ
背景
「母乳育児は、母親、乳児それぞれにメリットのあることが知られている。」
 母乳育児のメリットは母親や乳児のものだけにとどまりません(母乳育児の期間に上限がないことを考慮すると「乳児」ではなく「子ども」という表現が適切であると思われます)。母乳育児には社会的なメリットもある点も言及すべきです。母乳育児を推進することは個人の利益にとどまらず、地域社会や国家にとっても多くの利点があります。母乳育児を推進することにより、医療費や福祉・教育に関わる費用の削減、人工栄養に関わるさまざまな廃棄物の削減が可能になります。
(参考文献)
・Weimer J. The Economic Benefits of Breastfeeding: A Review and Analysis. Food Assistanve and Nutrition Research Report No.13. Washington, DC: Food and Rural Economics Division, Economic Research Service, US Department of Agriculture; 2001.
・Ball TM, Wright AL. Health care cost of formula-feeding in the first year of life. Pediatrics. 1999; 103:870 - 876
・Tuttle CR, Dewey KG. Potential cost savings for Medical, AFDC, food stamps, and WIC programs associated with increasing breastfeeding among low-income Hmong women in California. J Am Diet Assoc. 1996; 96:885- 890
・JaroszLA.Breastfeeding versus formula:costcomparison.HawaiiMed J. 1993; 52:14 -18
・Levine RE, Huffman SL, Center to Prevent Childhood Malnutrition. The Economic Value of Breastfeeding, the National, Public Sector, Hospital and Household Levels: A Review of the Literature. Washington, DC: Social Sector Analysis Project, Agency for International Development; 1990
・Bartick M.Breastfeeding and the U.S. economy. Breastfeed Med. 2011 Oct; 6:313-8.
・Bartick M,Reinhold A, The burden of suboptimal breastfeeding in the United States: A pediatric cost analysis, Pediatrics 2010;125:e1048.
同上 RQ13 3ページ 上から4行目
「新しく母親になる人への支援は(追記)、資料の提供のみでは、有効でない。」
5ページ 上から9行目
「医療提供者の母乳育児へのアドバイスの効果は不明である。
 たしかにこのように書かれております。ただし、なぜこの1文がここに入っているのか、原文の意図がわかりません。これでは、医療従事者がアドバイスをしても意味がないようにも読めてしまいそうです。しかも、この大切な1文にはreferenceがありません。なぜこの1文が必要なのか、原著者に確認されたほうがよいのではないでしょうか?
同上 RQ13 7ページ
科学的根拠(文献内容のまとめ)
「ElizabethによるRCTではSSCを行った児で、授乳行動が早いが、1ヵ月時の母乳育児率には差がなかったとしている。」
 RQ14の「早期接触」の項には、よりエビデンスレベルの高い論文が示され、またより長期の母乳育児への効果や、親子の関係へのよりよい影響について示されています。RQ14と整合させるため、また重複を避けるため早期接触に関しては、「RQ14を参照」とし、ここでは触れないことにしたほうが良いと思います。
同上 RQ13 7ページ
科学的根拠
「SSC」
略さず、早期接触とするか、またはskin to skin contact(早期接触)がよいと思います。
同上 RQ13 7ページ
科学的根拠
「母乳育児率と期間に影響し」「母乳育児率に影響する」
それぞれ「母乳育児率を増加させ、期間を延長し」「母乳育児率を増加させる」と具体的に述べたほうが良いと思います。
同上 RQ13 7ページ
科学的根拠
「プライマリーの医療提供者への母乳育児の勧めは、影響は研究がなく不明だった。」
前述。ここはエビデンスがないので省略してよいと思います。また、「プライマリー」という言葉はおそらく看護の領域の専門用語ではないかと存じます。「日常的に母親に接する」などのほうがわかりやすいと思います。
同上 RQ13 7ページ
科学的根拠
「宣伝パッケージは母乳育児率を下げるため、禁止している」
「宣伝パッケージは母乳育児率を下げ、母乳育児の期間を短くするため禁止事項としている」
同上 RQ13 7ページ
科学的根拠
「Exclusive breast feeding」
日本語にしないとわからない人もいるかと思われます。「母乳だけで育てる」などの表現はいかがでしょうか。
同上 RQ14 1ページ
推奨
出産、出生後の母子の早期接触、特にskin to skin contactは児の体温が低下せず、
母の愛着形成を促進して愛着行動を増し、母親の達成感が高く、母乳育児の率を上げ
授乳期間も長くする。母子共に状態が安定している場合、少なくとも出生直後1時間以
内は、児の計測も含め母子分離せずに、早期接触することが薦められる。
1.SSCの定義(方法、実施開始時間、実施持続時間)を述べたほうがわかりやすいと考えます。
2.「少なくとも出産直後1時間」とした根拠は何でしょうか? 列挙された研究の
内容を見ると下のようになっています。2時間という文献が多いようです。あえて1時
間という数字を入れることによって、「1時間でいい」と受け取られるおそれもあります。「1時間から2時間」など範囲を持たせた書き方ではどうでしょう。
・Kaenia Bystrova 生後2時間の間のSSC, 早期の吸啜、あるいは両者はPCERAに有効
・根拠と総意に基づくカンガルーケア・ガイドライン出生後30分以内から、出生後少なくとも最初の2時間、または最初の授乳が終わるまで、カンガルーケアを続ける
支援をすることが望まれる.
・Righard L, 生後1時間、または初回母乳吸啜する迄、母子接触を邪魔すべきでない。


3.母の愛着形成を促進して愛着行動を増し⇒母の愛着形成を促進して長期間の愛着行動を増し
4.Xeniaの研究から、2時間以内に沐浴などで母親と児を分離した場合、愛着形成に負の影響があることを示すべきと考えます。早期母子接触の重要性は「やったほうが
よい」という程度の推奨ではなく、「母親と子どもにとって標準的なことであり、しないことによるデメリットが大きい」と明示したほうがさらに意義が明確になると考えます。
同上 RQ14 1ページ
推奨
母子の早期接触実施の前に、そのメリットとともに、出生直後では、児の疾患や未熟
性により突然の呼吸停止や状態の変化を起こすことがあることなど、十分な説明を行
い、同意を得ておくことが望ましい
 メリットとデメリットの説明を行うだけでは、母親はどう選択してよいか、二者択一を迫られてしまうかもしれません。重篤な場合もあるが、非常に稀であること、医療従事者が注意深い観察をすることも含めて十分説明し、同意を得る、とした方がよいかと考えます。
同上 RQ14 1ページ
背景
日本では出生直後のカンガルーケアなど早期母子接触が行われはじめているが、従来の沐浴、身体計測、点眼などのルーチンの処置が優先され、それらを変更できない施設も多い。体温や呼吸状態などのバイタルサインの変化の見落としの心配もされて
いる。
 従来の~は早期母子接触ができない理由ですね。
体温や呼吸状態~は早期母子接触ができていても見落とされている点ですね。
両者の違いがわかるようにしたほうが、より理解しやすいと思います。


例) ~点眼などのルーチンの処置が優先され、母子早期接触が出産直後から行えなかっ
たり、母子分離となっている施設も多い。また、母子早期接触を行う場合も、出産後
の母親と子どもに対する観察が不十分なために、体温や呼吸状態などのバイタルサイ
ンの変化の見落としも心配もされている。
同上 RQ15 1ページ
推奨
周産期医療機関から退院する際に、退院後の母親によく起こる問題(睡眠不足による母親の疲労、乳房のトラブル、児の皮膚のトラブル)に対して、以下の適切なケアを、母親の心身の疲労を軽減できるように助言する。また、産後の母親が少しでも児の育て方に自信が持てるように、産後の母親に起こる問題を、『夫や家族が理解し、育児に協力する』ように家族にも退院時に説明する。
 1.入院中に正しい姿勢で深く乳首に吸い着ける事を目標にして、
 2.乳首の擦過傷・乳房の硬結・乳汁鬱滞などの予防法と乳房のセルフケアを習得させ、
 3.皮膚の観察やおむつかぶれの予防と手当を指導し、
 4.退院後家庭では新生児に会わせた生活リズムで一緒に眠ることで睡眠不足を補う。
                            (推奨の強さ C)
●「正しい姿勢で」と表現すると、自分のやり方は間違っているかのように感じる母親がいるかもしれません。児に適切な吸着をさせるために最適な授乳姿勢は、母親によって、また子どもによっても異なります。適切な授乳姿勢とは、(1)児が乳房の高さで抱かれており、(2)児の体と乳房が向き合って密着しており、頭と体が一直線になっていることです。この2点を母親自身も確認し、母親が心地よい授乳姿勢を取れるよう援助することが重要です(下記文献1、2、3)。
(参考文献)
1.Morton JA, Ineffective sucking; A possible consequence of positioning.J Hum Lact,1992.8(2): p83-85.
2.Righard L, Alade MO, Sucking technique and its effect on success of breastfeeding. Birth, 1990.9(4): p185-189.
3.Shrago L, Bocar D, The infant's contribution to breastfeeding. JOGN, 1989.19:p209-215.

●退院後の母親によく起こる問題といえば「母乳不足感」を挙げるべきです。母乳不足感が主な理由で早い時期に母乳育児をやめてしまう母親は、母乳育児をしている母親全体の50%にも昇るといわれます(下記文献4)。母乳不足感を感じる期間に、母親が母乳育児を継続していけるような支援があると、母乳育児期間は長くなります(下記文献5)。
(参考文献)
4.Hillervik-lindquist C, Studies of perceived breast milk insufficiency. Ⅱ. Incidence and causes. Naringsforkning, 1990. 34:p15-19.
5.Hillervik-lindquist C, Studies of perceived breast milk insufficiency. Ⅲ.Consequences for consumption
and growth. Acta Paediatr Scand, 1991.80:p297-303.

●授乳に関しては退院時母親が知っておくべきことは以下であると述べられています(下記文献6)。
・赤ちゃんに授乳できるようになる
・生後半年間は赤ちゃんを母乳だけで育て、その後も2歳かそれ以上、補完食と並行して母乳育児を継続することの大切さが分かる。
・人工栄養の場合、適切な人工乳を手に入れ、安全に準備する方法を知っている
・授乳がうまくいっていることがわかるようになる。
・母親が必要な継続的支援を得る方法がわかる。
 
「授乳できるようになる」には母親には以下のことが必要と述べられています(下記文献6)。
・欲しがるたびに欲しがるだけ飲ませる方法と、児がどのような行動をとるか知っている.
・児の「おっぱいを欲しがるサイン」に気づく.
・児が適切な吸着ができるように抱ける.
・効果的な授乳が行われているかどうか、赤ちゃんが健康かどうかのサインを知っている.
・自分で母乳不足でないかと思ったらどうするかを知っている.
・搾乳できる.
 
「授乳がうまくいっていることがわかる」サインとは具体的には以下の通りです(下記文献6)。
・児は意識がしっかりしていて活動的で、24時間以内に少なくとも8回は母乳を飲んでいる.
・24時間のうちに落ちついて眠る時間帯が何回かある.
・児は24時間に色の薄い尿でオムツを6枚以上濡らし、1日に3回以上便をしている.
・乳房は授乳後よりも授乳前のほうが張った感じがあり、乳房と乳頭は痛みがなく快適である.
・全般的に母親は児の世話を自信をもってやっている.
 
以上の事柄は、母親や家族のみならず、産後の母親に関わる支援者も知っておくべきでしょう。
(参考文献)
6.Session 14母親への継続的な支援(第10条).UNICEF/WHO母乳育児支援ガイドベーシックコース.医学書院.2009.p295-311.

●出産前に母親と児は睡眠と覚醒のリズムを形成するといわれており(下記文献7)、産後の母親は児と一緒にいると細切れの睡眠でも休息できたと感じることが多いといわれています。「睡眠不足」と書くと、続けて6~7時間以上寝ないと良くないかのように、感じる母親や支援者がいるかもしれません。産後の母親の疲労感を軽減するためには、「推奨」でも明記しているように、児が眠ったら母親も眠ったり、横になって休んだりできるような生活を送ることが重要です。そのためには授乳以外の育児・家事を夫や家族でいかに分担するかがポイントです。夫や家族の協力が、「児に人工乳を与えて母親に長く眠ってもらうこと」と誤解されないような表現をお願いします。以下の文献にも示されているように、人工栄養のほうが母親がよく休めるわけではない、と言うことを、母親や家族、支援者自身も知っておくべきです(下記文献8、9)。
(参考文献)
7.Session8 母乳育児を支援するための具体的な方法(第6・7・8・9条)UNICEF/WHO母乳育児支援ガイドベーシックコース.医学書院.2009.p175-190.
8.Keefe MR, The impact of infant rooming-in on maternal sleep at night.JOGNN,1988(March/April):p122-126.
9.Quillin SI,Glenn LL, Interaction between feeding method and co-sleeping on maternal-newborn sleep.
JOGNN, 2004 (Sep/Oct): 33(5): p580-588.

●児の皮膚トラブルを気にする母親は少なくないのは事実で、児の皮膚のケアについて退院時に伝えておくことは意義があるでしょう。しかし、児の皮膚トラブルだけが退院後の母親の心身の疲労に結びつくとは言い難いと思われます。児の健康について過剰に心配する母親には、産後うつ病が隠れている可能性があると言われているため(下記文献10)、後述する産後うつ病のスクリーニングについて明記すべきです。
(参考文献)
10.The Academy of Breastfeeding Medicine Protocol Committee. ABM Clinical Protocol #18: Use of Antidepressants in Nursing Mothers. Breastfeeding Medicine, 2008:3(1): p44-52.
同上 RQ15 1ページ
推奨
「育児に自身がない」という母親では、新生児を抱いたり世話をしたり「かわいいと思えるようになった」等の愛着を示す行動を退院までに、下記の虐待リスクの有無を確認し、初めての母親などに通常見られる育児不安の有無を確認する。特別に支援が必要と判断される場合は、居住する市町村に情報提供し、養育支援訪問事業などに繋げる。
1.若年(10歳代)、
2.望まない妊娠、望まない出産を繰り返している、
3.飛び込み出産、
4.経済的不安定
5.未婚、
6.低出生体重児
7.あるいはNICU入院等により母子分離状態の母親   
(推奨の強さ C)
●自分からは「育児に自身がない」と言えない母親のほうがより問題を抱えている可能性があります。より客観的に支援の必要な母親をスクリーニングできる方法を提示すべきです。母親の産後うつ病や愛着障害、支援の少ない母親のスクリーニングには、ご存知の通り、すでに多くの行政機関や産科医療機関で使用されている「エジンバラ産後うつ病自己調査票」「赤ちゃんへの気持ち質問表」「育児支援チェックリスト」が大変有用です(下記文献11)。日本人での妥当性も報告されています(下記文献12、13)。
(参考文献)
11.吉田敬子、山下洋、鈴宮寛子:吉田敬子(監修)産後の母親と家族のメンタルヘルス-自己記入式質問票を活用した育児支援マニュアル、東京、母子保健事業団、2005.
12.岡野禎治、村田真理子、増地聡子ほか:日本語版エジンバラ産後うつ病自己評価表(EPDS)の信頼性と妥当性.精神科診断学:1996: 7:p525-533.
13.鈴宮寛子、山下洋、吉田敬子:出産後の母親にみられる抑うつ感情とボンディング障害.精神科診断学:2003:14(1):p49-57.

●「虐待のリスク」についても、これらにあてはまっても、適切な支援があれば多くの母親は前向きに子育てを行うことができます。適切な支援とは具体的には、傾聴・共感、家族等周囲の理解・サポートを得る、必要な具体的支援を検討・提供、他職種で継続した関わりをもつ、などが挙げられます(上記文献11)。逆にこれらのリスクにあてはまらなくても、適切な支援がなかったり、産後うつ病が見逃されていたりすると虐待に繋がる可能性があります。上記のリスクのある母親を温かく見守り支えるシステムも大切ですが、やはり上記の3つの質問表により、産後うつ病や愛着障害、より支援の必要な母子を見逃さないことこそが重要と思われます。
****************************************************************************************************************
****************************************************************************************************************
研究班の改訂案内容,メンバー構成等はこちらから。
以上
 ページトップへ