MENU

MENU

MENU

MENU

statement

日本周産期・新生児医学会 御中 『母子同室実施の留意点』に対するパブリックコメント

2019年6月14日
NPO法人日本ラクテーション・コンサルタント協会(JALC)学術事業部
文責:中村和恵
独立行政法人 国立病院機構岡山医療センター 新生児科医師
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科疫学・衛生学教室

1.母子同室について

  母子同室は、母乳分泌の促進と母乳育児の確立にとって効果があることはわかっているが(1)、母乳育児のためだけにあるのではない。母と子のボンディングや育児技術を習得するために必要であり、医学的禁忌がなければ、人工栄養か母乳栄養かの栄養法にかかわらず母子同室を標準とするべきである(3)。出生後の母子が出産施設において母子同室で過ごすことは科学的根拠に基づき推奨されており、母子の出産後のケアの国際的な標準として 広く認知されている(2, 3)。
  しかし「母子同室の留意点」では、母子同室の希望があり同意が得られた場合に実施す るとの記載がある。同意を得ることは重要であるが、母子別室での新生児管理が標準で、 母子同室にはリスクが伴うものという誤解を与えてしまう懸念がある。実際に「母子同室の留意点」には、母子同室の有無と急変の有無には差がなかったとある。このことは、母子同室が危険なのではなく、母子同室でも母子別室であっても、出生後早期の新生児には ある一定の割合で急変するリスクがあることを示唆するものだと言える。つまり、出産施設においては、母子同室・別室にかかわらず、NCPRを習得したスタッフを配置する、蘇生に必要な場所や物品を常に準備し利用できるようにしておくなど、新生児の急変に対応する体制をとっておくことが不可欠だと考えられる。出生後数日間の予期せぬ新生児の急変(Sudden Unexpected Postnatal Collapse, 以下SUPC)に関する研究(4,5)でも、母子同室自体を禁止することなく母子を一つとしてとらえて観察していくことが推奨されている。
 また、母親・家族には、母子同室をしないことによる不利益(母親が児の哺乳サインに気づけずタイムリーな授乳が行えない、母乳育児の確立が困難になる、母乳育児継続率が低下する、母親が自信を持って育児ができるようになる機会が奪われるなど)や、母子別室制をとっているそれぞれの施設での新生児の管理体制(新生児の安全を確保するのに十分な新生児室担当看護師が夜間も含めて常時配置されているか、モニタリングはどうしているのか、など)についても公平に情報提供する必要がある。
 そのうえで、母子同室の希望についてのみ同意を得るのではなく、出産後にどのように過ごすかということについて、母親と家族に十分な情報を提供した上で話し合う、という形が望ましいと考えられる。

2.ベッドの共有について

 ベッドの共有によってSIDSのリスクが上昇することは疫学的に示されているが、その解釈にはまだ議論があるというのが現状である。SIDSは生後1週~1年までに生じるものとして調査されることが多いが、SUPCも重なる部分が多いため、同様のリスクがあると考えられている。
 米国小児科学会(AAP)(6)は、Blairら(2014)、 Carpenterら(2013)の研究からベッドの共有をしないことを推奨しているが、同じ二つの研究を含めた解析をもとに作成された 英国のNICEガイドライン(7)では、ベッドを共有していた場合にSIDSが多いことはわかっているが、ベッドの共有自体がSIDSの原因になるとするエビデンスはない、としている。そして、親・養育者にベッドの共有とSIDSには関連があること、リスクを上昇させる状況(親・養育者が喫煙していること、ベッドを共有するすぐ前にアルコールを摂取していること、ドラッグを使用していること、児が低出生体重児や早産児であること、ソファや椅子で一緒に寝ること、など)を避けること、さらに母乳育児がSIDSのリスクを減 らすことについて情報提供し、ベッドの共有について親・養育者と話し合う必要があると しており、ベッドの共有の禁止を強制していない。オーストラリア政府による推奨(8)も同様であり、親・養育者には、ベッドの共有とSIDSの関連、ベッドの共有が母子に与える利益、母乳育児がSIDSのリスクを減らすことなどについて情報提供するべきとしている。
 つまり、ベッドを共有しないことを一方的に指示するのではなく、前述の英国やオーストラリアのように、母親・家族に最新の情報を提供した上で、母子の安全な睡眠環境について話し合うことが望ましいと考えられる。また、SIDSを防止する睡眠環境としては、 親と一緒の部屋の母親に近い位置で、寝具の表⾯を共有せずに眠ることが望ましいとされ ており(6)、母子同室で母親のベッドと同じ高さでとりつけるサイドカー式のコットの使用 (日本で言えば、母親の布団のとなりに児の布団を敷いて児を寝かせる)などの選択肢も 提示する(3)。
  同時に、SIDSやSUPCについてはいまだ不明な点が多く、日本における調査での添い 寝中に生じた急変例の中で前述のリスクの高い状況がどのくらいあったか、などについて の詳細な検討を行うとともに、予期せぬ児の死亡・急変を減らしていくために今後のさらなる調査・研究が必要と考えられる。特に、欧米に比較してSIDSの発症割合が低く、欧米と異なった寝具を使用しての添い寝の文化がある日本での研究が望まれている。

3.新生児の権利

 強く母子同室を望む母親の希望のみで、母子同室をするかしないかを考えるのではなく、児が不必要に母子分離されない、自分の親によって養育される、という児の基本的な権利(9)が尊重されることが重要である。周産期医療従事者は常に新生児の権利の代弁者であり、児のよりよい環境での生存と、児がどうして欲しいかという児のニーズの視点でも 考える必要があり、その点についても言及していただきたい。

4.本邦の新生児の管理体制

  前述のように、出生後まもない新生児は、母子同室・別室にかかわらず急変するリスクがあるため、適切な観察・管理体制が必要であることは明らかである。一方、入院基本料算定ルールによれば、必要看護配置数を算出する場合には「正常の妊産婦、健康な新生児を含む」とされてはいるが、重症度・看護必要度においては産科入院患者・入院や加療を要する児以外の新生児は評価対象外になっており、実際には健康な新生児のための看護配置ができていない施設が多いのが現状である。出産後の母子のケアをより安全で質の高いものにしていくためには、この点の解決が不可欠である。ぜひ貴団体を含む周産期医療の関連団体でこの問題を解決していけるように検討していただきたい。

参考文献

  1. Jaafar SH, et.al. Cochrane Database of Systematic Reviews. Rooming-in for new mother and infant versus separate care for increasing the duration of breastfeeding. Cochrane Database of Syst Rev. 2016;(8):CD006641.
  2. WHO. Protecting, promoting and supporting breastfeeding in facilities providing maternity and newborn services, Guideline.2017. https://www.who.int/nutrition/publications/guidelines/breastfeeding-facilities-maternitynewborn/en/(2019年6月アクセス)
  3. Feldman-Winter L, et al. Safe Sleep and Skin-to-Skin Care in the Neonatal Period for Healthy Term Newborns. Pediatrics. 2016;138:e20161889
  4. Davanzo R, et. al. Making the first days of life safer: preventing sudden unexpected postnatal collapse while promoting breastfeeding. J Hum Lact.2015;31:47-52
  5. Pejovic NJ, et.al. Unexpected collapse of healthy newborn infants: risk factors, supervision and hypothermia treatment. Acta Pædiatr. 2013;102:680‒688
  6. Moon, R. Y. & The Task Force on Sudden Infant Death Syndrome. SIDS and other sleep related infant deaths: Evidence base for the 2016 updated recommendations for a safe infant sleeping environment. Pediatrics. 2016;138:e20162940
    National Institute for Health and Care Excellence. Addendum to clinical guideline 37,
  7. postnatal care.2014 https://www.nice.org.uk/guidance/cg37/evidence/fullguideline-addendum-485782238 (2019年6月アクセス)
  8. healthdirect. Sudden infant death syndrome (SIDS).2018 https://www.healthdirect.gov.au/sudden-infant-death-syndrome-sids (2019年6月アクセス)
  9. こどもの権利条約(全文) https://www.unicef.or.jp/about_unicef/about_rig_all.html (2019年6月アクセス)