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 今回の地震では、子どもを育てている母親や乳幼児も例外なく困難な生活を強いられています。被災生活が長期化し不便な状況が続く中で育児を続けておられるお母さんたち、そして我慢したり頑張っている子どもたちにエールを送ります。
最近「母乳の中の放射性物質を測定する」という動きが複数の公的・私的な団体から出ています1)。これについて母乳育児を保護・推進・支援する立場から下記の疑問を呈し、提言します。

母乳中の放射性物質を測定する意義についての疑問

水道水、大気中の放射性ヨウ素の濃度は詳細に測定されており、規制されています。また、食品中の放射性物質も厳格に測定されています。一方、環境からの放射性物質が母乳中で濃縮するという根拠はありません2)。よって、母乳中の放射性物質をあえて計ることにどれだけの意味があるのか疑問です。
母乳は乳児にとって食品としての意味の他に免疫物質・ホルモン・成長因子・生きた細胞など多彩な成分を含む高機能食品であり、代替可能な食品とは同質に論じることのできないものです。測定対象とするには他の環境物質の測定では代用できないという明確な根拠が必要です。

検査/研究方法に関して

これまでの調査は、ある地域のみの母乳を測定するだけで、「コントロール」である比較対照検査がないのでは科学的研究とは言えません。もともと人体には放射性物質が含まれています。議論するためには他の地域との比較が必要です。また測定値は連続的に変化する値であることを十分に検討する必要があり、一時点だけでの測定は適正な判断を妨げます。

母親のこころへの影響

母乳中の放射性物質を測定する検査をする際には、母乳育児に対する母親の自信を損なわせる可能性があることに配慮すべきです。母乳中へのダイオキシン混入が問題になった時3、4)と同じように、今回も食物や水などいろいろなものに放射性物質が検出され、母親たちは混乱しています。母乳中放射性物質濃度検査を行うことがさらに、混乱が増強するのではないかと危惧します。

母乳の利点について

母乳は乳児の栄養源として、最適なものと言われています。母乳育児の利益は、成人後の高血圧、糖尿病や肥満の抑制等にまで及ぶ事が知られるようになっています。検査に際してはこれらの他のものでは得られない利点に言及することが必要です。それらの利点を説明されずに母乳を測定された母親は、不安だけが増強しがちです。

インフォームドコンセントについて

母乳のクオリティを疑うことは母親にとって自尊感情をゆるがす非常にデリケートな事柄であり、検査を行う場合はカウンセリングスキルを用いたインフォームドコンセントが必要です。そのために、文書で示すだけでなく、時間をかけて口頭で説明することが重要です。また倫理審査も含めてきちんとした手続きを行うべきことは言うまでもありません。

母乳中の放射性物質の検査についての提言

空気や水、食品など環境中の放射性物質の測定で、母乳中の濃度が基準から逸脱しないことが推察できるのであれば、母乳の検査をできる限り避ける。
やむを得ず母乳の検査を行う場合、母親の自信を損なわないように慎重な配慮をする。
(1)検査の意義、他の方法では代用できないことを説明すること。
(2)母乳育児のメリットを十分に伝えること。
(3)現在不安な中でも母乳育児を継続しておられることへの敬意を伝えること。
(4)検査をしたからといって母乳を中止する必要はないこと。
(5)母乳を中止する場合のリスク、人工乳に変えるリスクを十分に伝えること。
(6)説明は書面だけではなく、口頭で十分なコミュニケーション技術を使って説明すること(母親の感情を十分に
受け止めて説明すること)。
結果を発表する際は、科学的な根拠をもとに詳細かつ冷静な説明をすること。

メディア関係者への提言

母乳から放射性物質」「測定結果はシロかクロか」という二者択一的な論調は、一人歩きをして「母乳は危険」なのかと母親を不安に駆り立てます。母乳育児自体は社会や習俗の影響を強く受けるものであるため、社会全体に母乳育児を守り、支援するという姿勢がないと、もろく崩れてしまうものです。その意味で、ダイオキシン問題では母乳が格好の標的とされたために影響は非常に大きく、メディアの責任は重大でした4)。今回その轍を踏まぬよう強く要望します。

 

私たちは、母親が自信を持って子どもを育てることのできる環境を整えていきたいと願っています。

参考書籍

  1. 厚生労働省報道資料「母乳の放射性物質濃度等に関する調査について」(2011年4月30日)
    http://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/2r9852000001azxj.html
  2. 日本新生児学会/日本周産期・新生児医学会「母乳中の放射性物質に対する見解」(2011年5月13日)
    http://jspn.gr.jp/pdf/bonyukenkai20110514_.pdf
  3. 本郷寛子:母乳とダイオキシン、岩波書店 1999年
  4. 瀬川雅史:環境ホルモンと母乳、第1線臨床医の立場からマスコミ報道の問題点について、Neonatal Care、12(12): 1564-1571, 1999

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